ひな祭りの起源や由来は?飾りの意味とは?いつまで飾るものなの?

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2月のバレンタインデーが終わると、次にあるのが33日の『ひな祭り』。女の子の節句であり、お雛様を飾ったり、ちらし寿司などを食べたりと、女の子にとって楽しい1日になるでしょう。しかし、ひな祭りというのは昔、女の子の節句ではありませんでした。

おそらく、このことを知っている方は少ないのではないでしょうか。今回は、ひな祭りの起源や由来、飾りの意味などについて解説します。

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ひな祭りの起源!いつから始まったのか

古来の中国では、上巳の日は厄が来やすい忌日とされていました。なので、厄を払うために水辺で手足を洗う風習があり、のちに日本にも伝わってきます。

※上巳・・・本来は3月上旬の巳()の日。後々、33日となる。

日本では元々、紙や草木で作られた人形(ひとがた)を自分の身代わりとしていました。その人形に息を吹きかけ、体をなでることで自分の厄を移して川に流すという儀式があり、それを禊ぎ祓い(みそぎばらい)とい言われていました。

中国の上巳(じょうし)の日の風習と日本古来の儀式である禊ぎ祓いの2つが1つとなったものが『ひな祭り』の起源と考えられています。

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ひな祭りの由来とは? 一体どんな意味が込められているのか?

平安時代、女性が出産するときに死亡してしまう確率が高かったので、枕元に自分の身代わりとして人形を置き、命を奪われないようにする風習がありました。

この自分の身代わりに厄を受けた人形が『流し雛』となり、今でも流し雛という禊ぎ祓いの風習が残っているところもあります。

平安時代は、紙でできた雛人形『ひいな』だったのですが、室町時代には33にが上巳の日と定着し、その頃に紙の雛人形がお雛様へと変わりました。

江戸時代中期になると、現在のひな祭りの礎である段飾りで飾られるようになったのです。

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ひな祭りの飾りにはどんな意味があるのか?

それではひな祭りの飾りの種類やそれらの意味について簡単に説明したいと思います。

桃の花
・旧暦でひな祭りは桃の花が咲く季節に行われていたことから。なので「桃の節句」と言われる
・古くから厄除け、長寿をもたらすとされている
・意味は厄払いと女の子の健やかな成長を願う

三人官女
・姫の世話をする3人の女性
・向かって左から長柄、三方または島台、提子(ひさげ)を持つ
・食事の世話をする様子を表す

五人囃子
・五人組の少年楽団
・向かって左から太鼓、大鼓(おおつづみ)、小鼓、笛、謡(うたい)
・全員貴族の子弟
・宮中の寵愛を受けようと野心がある
・能や歌舞伎などで盛り上げる時に演奏する音楽のことを「囃子(はやし)」という

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白酒
・ひな祭りに飲むお酒
・甘酒と混同されることが多い
・アルコール度10%前後
・甘みが強い

右大臣・左大臣
4段目に並ぶ男性2
・向かって左は右大臣、右が左大臣
・ボディーガードの役割

仕丁
・雑用係して宮廷で働く市民
3人で喜怒哀楽を表す

橘・桜
・左近の桜、右近の橘
・京都御所「紫宸殿(ししんでん)」を元に配置
・向かって右は桜、左が橘

67段目
姫の嫁入り道具

ひな祭りの飾りはいつまで飾るの?しまい忘れたら

まず『いつまで飾るのか?』ということですが、33日が終わったら片付けてしまうところが多いです。

しかし、旧暦の43日まで飾る地域もありますので、大体2週間を目安として新暦の3月中旬あたりまでには片付けるようにすると良いでしょう。旧暦だと4月中旬までとなります。

ひな祭りが終わっても雛人形を飾り続けていると『婚期を逃す』と言われていますよね。もちろん迷信ですが、何故そう言われているのかというと、ひな祭りの日まで厄を受けている雛人形を飾りっぱなしにしていると、またその厄が来てしまうからだそうです。

もう一つは、面倒な雛人形の片付けも出来ないと良き奥さんになれないという教訓のもと。33日を1日でも過ぎてしまうと婚期が1年遅れるとも言われています。

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地域によっての違い

親王と姫の並べ方
・一般的に左が新王、右に姫
・京都を中心に関西地域は京式が主流で、配置が逆
・平安期の「陰陽説」の影響
・逆転している理由は色々と説がある

官女・仕丁が持つもの
・一般的に官女の真ん中は三方、仕丁それぞれの前に台傘と沓台(くつだい)と立傘(たてがさ)
・京式は官女の真ん中羽島台(しまだい)、仕丁の前に箒と塵取りと熊手

最後に

雛人形の由来や飾りの意味。子供のころには知らなかったことを大人になってから知ると、見方も変わってきますよね。お子さんにも教えながら、一緒に飾り付けを楽しみましょう!


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