2016年秋のお彼岸はいつから?なぜおはぎを食べるのか?ぼたもちとの違いは?

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秋にはお彼岸やお月見など季節の行事が幾つかありますが、今日はお彼岸に関してご紹介します。お彼岸に関しては先日の記事でも紹介したので、今回は同じお彼岸でも前回と違う内容についてのご紹介となります。今回は『2016年秋のお彼岸はいつからなのか?』、『なぜおはぎを食べるのか?』、『ぼたもちとの違いはなにか?』等についてご紹介します。

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お彼岸とは?

簡単に説明しますとお彼岸は、春と秋の年2回あります。春の彼岸は春分の日を中心に前後3日の計7日間、秋の彼岸は秋分の日を中心に前後3日の計7日間。

秋の彼岸でいうとその年の秋分の日が923日だとすると920日~926日までが彼岸というわけです。春分の日も秋分の日も固定日ではないので間違えないようにしましょう。

どちらも昼夜の時間が一緒になる日なのですが地球が太陽を回ると少しずれが生じるため昼夜の時間が一緒になる日もずれるので固定の日が無いのです。

なぜお彼岸は年に2回なのか?

春分の日も秋分の日も太陽が真東から昇って真西に沈みます。仏教では太陽があがる東側を私たちが住む世界とし太陽が沈む西側を故人の世界としています。

簡単にいうと太陽が真東から真西へと沈んで昼夜が一緒の12時間の日が故人への想いが最も通じやすい日、ということです。

お墓参りや仏壇へのお供えものをする春分の日・秋分の日はこういう理由から来てるんですね。

秋のおはぎと春のぼたもち

最近の春・秋の彼岸ではお供え物も食べるのも「おはぎ」らしいのですが本来は違います。春の彼岸は『ぼたもち』、秋の彼岸は『おはぎ』、これが本来のお供えものです。

だいたい同じ食べ物なんですが違いはただ1つ、あんこが粒あんかこしあんです。

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秋のお彼岸におはぎを食べるようになった理由

はじまりは江戸時代の初期。当時、砂糖はかなりの高級品。ですが九州・四国などで黒砂糖・和三盆の生産が多くなり江戸時代の後期では普段でも食べられるようになったのです。

しかし、彼岸のお供えでおはぎを使用した当時は普段は食べられない贅沢なスイーツだったんです。この時代の甘いものは木の実、干し柿、サツマイモ、はちみつ、水飴ぐらいでした。

そんな贅沢品のおはぎは大切な日や人へ、節目の時に振る舞われた食べ物です。小豆の色には魔除けの効果があると信じられていました。悪い気を払うお供え物としてご先祖様を供養するために使われました。

大事な彼岸の日に魔除けである小豆と高級品が使用されたおはぎをお供えすることで邪気払いや願いを祈ったとされています。

これが彼岸の日におはぎを使う理由です。

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おはぎとぼたもちの呼び名が違う理由

あんこの違いで呼び名が違う「おはぎ」と「ぼたもち」。春も秋も「おはぎ」で売られてますが本来、呼び名も違うし形も異なります。ただ、共通するのは季節の花ということです。

ぼたもち
春分の日のぼたもちは春の花である牡丹(ぼたん)からきています。ぼたもちのあんこを3月の彼岸の時期に咲く牡丹に見立てとされています。形も牡丹に似せて丸々とした大きい形になっています。

おはぎ
秋分の日のおはぎは秋の花である萩(はぎ)からきています。おはぎのあんこは9月の彼岸の時期に咲く萩の花に見立てたとされています。形は、萩の花に似せて細長く小さめの俵の形になっています。

いかがでしたか?和菓子店やスーパーでもおはぎは売ってますが、形や大きさが違ったりしますよね。彼岸の時期に一度上に書いたことを意識してみて下さい。

実際に見た方が分かりやすいかとおもいます!


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